言葉の由来を見てみよう ― ワード・オリジン

雑学王が言葉の由来や物事の起源をご紹介します。

清明とは? 意味と由来をわかりやすく解説!

      2016/03/30


seimei1

カレンダーなどを見てみると書いてあることがある「清明」.

しかし,その意味をご存じの方は案外少ないように感じます.

そこで,今回は「清明」の意味とその歴史を見て行こうと思います!

スポンサーリンク

本文中アドセンス

 

そもそも「清明」とは?

清明は,「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」の略で,「草木が芽吹き清々しいから,草木の種類が明らかになる頃合い」という意味があります.

これだけでは何のことかわかりませんね. 順を追って説明していきましょう.

実は「冬至」や「春分」の仲間

「清明」とは特定の行事を指すものではなく,4月上旬の特定の2週間程度の期間のことを指します.あるいは,その期間の始まりの初日のことを「清明」と呼ぶこともあります.

実はこの「清明」,「二十四節気」という考え方からきたもので,皆さんがよくご存じの「春分の日」や「夏至」,「冬至」の仲間なのです.

二十四節気って何?

「二十四節気」とまた聞きなれない言葉が出てきました.これは「二十四節気(にじゅうしせっき)」と読みます

二十四節気とは古代中国で生まれた,1年間を24つの期間に分類した一種のカレンダーのようなものなのです.

 

普段,私たちは1年間を12個の期間に分けて,それぞれを「1月」~「12月」と呼んでいます.これと同じように,1年を24つに分けたのが「二十四節気」ということになります.

二十四節気をすべて列挙すると次のようになります.

  • 立春(りっしゅん):2月4日頃~2月18日頃
  • 雨水(うすい):2月19日頃~3月5日頃
  • 啓蟄(けいちつ):3月6日頃~3月21日頃
  • 春分(しゅんぶん):3月22日頃~4月4日頃
  • 清明(せいめい):4月5日頃~4月20日頃
  • 穀雨(こくう):4月21日頃~5月6日頃
  • 立夏(りっか):5月7日頃~5月20日頃
  • 小満(しょうまん):5月21日頃~6月5日頃
  • 芒種(ぼうしゅ):6月6日頃~6月20日頃
  • 夏至(げし):6月21日頃~7月6日頃
  • 小暑(しょうしょ):7月7日頃~7月22日頃
  • 大暑(たいしょ):7月23日頃~8月6日頃
  • 立秋(りっしゅう):8月7日頃~8月22日頃
  • 処暑(しょしょ):8月23日頃~9月7日頃
  • 白露(はくろ):9月8日頃~9月22日頃
  • 秋分(しゅうぶん):9月23日頃~10月7日頃
  • 寒露(かんろ):10月8日頃~10月23日頃
  • 霜降(そうこう):10月24日頃~11月6日頃
  • 立冬(りっとう):11月7日頃~11月21日頃
  • 小雪(しょうせつ):11月22日頃~12月6日頃
  • 大雪(たいせつ):12月7日頃~12月21日頃
  • 冬至(とうじ):12月22日頃~1月4日頃
  • 小寒(しょうかん):1月5日頃~1月19日頃
  • 大寒(だいかん):1月20日頃~2月3日頃

長々と二十四節気を列挙しましたが,これには一つ大きな特徴があります.

それは「二十四節気のある節目は,大体現在の暦と一対一対応しているということ」です.

例えば「冬至」というと毎年大体12月22日頃と決まっています.これは当然というか,当たり前のことのように思えるかもしれませんが,大昔は非常に画期的なことだったのです.

というのも,大昔にはこの「二十四節気」を参照することで,季節を知っていたからです.しかし,古代中国にも現在のような「1月」~「12月」までを指すカレンダーはありました.

なぜわざわざ「二十四節気」なんて面倒なものを作る必要があったのでしょうか?

なぜ二十四節気が必要だったのか?

「なぜ二十四節気が必要だったのか?」その答えはズバリ,「昔のカレンダーは現在のカレンダーと仕組みが違った」からです.

どういうことかというと,現在のカレンダーは毎年必ず1月から始まり12月で終わりますが,古代中国のカレンダーは年によって「13月」があったりなかったりしたのです.

これはカレンダーの決め方が現在と異なっていたからです.

現在のカレンダーは「太陽の動きを観察することで1年を決める」(=天文学的には,地球が太陽の周りを1周する時間を1年と定める)「太陽暦」を用いています.

季節の変化は太陽と地球の位置関係によって決まるため,「太陽暦」を用いている限りは,大体毎年同じ月に同じような時期に雪が降るし,梅雨が来たりするのです.

しかし,古代中国では「月の満ち欠けを観察することで1年を決める」(=つまり,新月が来るたびに一月分進む)「太陰暦」を採用していました

月は29.5日周期で満ち欠けしますので,「太陰暦」では29.5[日]×12[回]=354[日]が1年の日数となります.したがって,1年ごとに太陽暦における1年の日数「365」日から「365-354=11日」分ずれてしまいます.

この11日分のずれは3年分溜まると33日となり,おおよそ今の1か月分と近くなるので,3年ごとに1度「13月」を作ることで,カレンダーを調整したのです.

 

さて,古代中国における生産活動と言えば,当然「農業」でした.

農業では「決まった季節に種をまき」「決まった季節に刈り入れをする」ことがとても重要です. しかし先述の太陰暦を用いていた中国では,1年ごとに11日ずつカレンダーがずれてしまうため,年によって種まきの日がまちまちになってしまったのです.

これでは非常に都合が悪いので,『「季節」を基準にしたカレンダーが欲しい』ということで,「二十四節気」が生まれたのです.

 

最後に

いかがです?

現在の「カレンダーと季節が対応している」ということは,当たり前のことに思えて,実はとっても画期的なことだったのですね!

昔は現在のように天文学も発達していなかったのに,「太陽を観察することで季節がわかる」ことに気付いた人はすごいですね.

自分も理系の人間として,これくらい世の中の役に立つ発見が出来れば良いのですが…(笑



【ブログランキング登録しています】

ぜひクリック応援よろしくお願いします!

雑学・豆知識 ブログランキングへ

 - 行事の由来